仮説・論説 ⑲ 人を殺しては何故いけないのか?
- white-eagle1958
- 2021年1月16日
- 読了時間: 2分
2021.01.16
今回は、人を殺しては何故いけないのか? をテーマに論述しましょう。
随分昔となりますが、14歳の少年が殺人を犯した事件が在りました。
その少年が「人を殺して何故いけないのか?」と世間に問うた時、当時の大人は明確な答えを出す事が出来ませんでした。有名な事件でしたから、覚えておられる方も多いと思います。当時はまだ私も若く、世間と同様「そんなの当たり前だ」位にしか考えていませんでした。しかし、今なら当時の少年にこう答える事が出来ます。
「人を殺した時点で、自分が何時か殺されるという運命を自分で造るからだよ」と。
現在人は、余りにも簡単に「殺すぞ、てめえ」と言い、余りに簡単に人を殺します。
人を殺す事の意味が分かっていないからだろうと思います。
ですので、このテーマには大きな意味が在ると思いますから、話を進めて参りましょう。
先ほど述べました通り、人を殺す意味は
人を殺した時点で、自分が何時か殺されると言う運命を自分で造った と言う事です。
更にこれだけではありません。自分の人生において、多くの苦しみや悲しみを味わう事にも繋がっていくのです。どういう事か?
一例を挙げましょう。
ここに5人家族が居るとします。少年が5人家族の誰かを殺すと、残った4人に苦しみ、悲しみを与えます。この苦しみ、悲しみはどれ位続くと思いますか?
相当長くなると言う事はお分かり頂けると思います。それ全て殺した人の責任です。
つまり人を殺すと言う事は、自分が何時か殺されると言う運命を自分で造った他に、自分の人生を苦しみ、悲しみ多いものにしてしまう、と言う事なのです。
殺人者が笑えないのは此の為です。
これでは、幸せにはなれませんね。それ故多くの宗教では、殺人を禁じているのです。
いずれ宗教についても論じますが、宗教の戒律は綺麗事ではありません。戒律一つ一つに意味があり、人が幸せに成る為には、是が非でも守らなければならないものなのです。
尚、殺人を犯してしまった場合はどうすればいいのか?
殺した数以上に人助けをする事です。後は、教えを守って徳を積んでください。
そうすれば、笑えるようになります。 では、また次回。
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