ここに正義はありますか?④
- white-eagle1958
- 2020年12月3日
- 読了時間: 6分
2020.12.2
様々な色彩の木々に囲まれた、広大な敷地の中に,その校舎はありました。歴史を感じさせる煉瓦造り。アーチ状の外廊下から中へ入ると、そこにはすり鉢状の教室が広がり、様々な肌の色をした学生達がノートを広げていました。
すり鉢状の底に置かれた教壇では、学生たちの視線を集めた白人の教壇が、今しも講義を始めるところでした。
「本日のテーマは正義と自由だ。君たちはこの事に関して、普段どう考えているだろうか?思っている事を聞かせて欲しい」
早速一人の黒人学生の手が挙がり、立ち上がりました。
「先生、この授業は俺達にとって無意味だよ。俺達には正義と自由なんて、感じた事はない」
「君は、この国で正義や自由を感じられないというのだね。他には?」
白人学生の手が挙がりました。
「正義とは観念的なものでしかない。現実的には勝った者が正義、強き者のみが正義を語れる」
「つまり、正義は強者の物だと言うわけだ。他には?」
今度は白人女性の手が伸びました。
「それって、酷いと思います」
「それが現実だろ!」
「君はどう思う?」
「正義は、大勢の人のものであってほしい」
「それは違う。正義は個々のものであって、大勢のものにはなりえない。なぜなら、正義は一人一人違うからだ」
すかさず教授が言いました。
「君は正義は共有できないと考えている訳だ。ここで問題がある。君の考えに従えば、正義には個人的な正義と組織的な正義がある。大きなものが国家的正義だが、これはどう考える?どう纏める?」
「それは・・・選挙で決めるべきなのでは?」
「冗談じゃない。そんなので決められてたまるか!」
「それでは君はどう決める?」
「組織の正義は、組織のリーダーが決めるんだ!」
「横暴だ!それは納得できない!」
「選挙よ。選挙!」
「だからそれは認めない!」
「女は黙ってろ!」
「なんですって?それを聞いていたら、いつまで経っても女性の地位が上がらないわ!」
白人女性が声を荒げました。教授は冷静に
「議論を元に戻そう。今、二つの異なる見識がでたね。組織の正義はリーダーが決めると言うものと選挙で決めると言うものと。ここでもう一つ論点をだそう。
先ほど正義は個々のものであり、それは共有できないとするものがあったが、果たしてそれは本当の事だろうか?みんなが共有できるものはないのか?これをどう思うか?」
「みんなが共有できる正義・・・」
黒人女性が呟きました。
「そんなものがあるのか・・・」
誰かが言いました。
「そう。人によって違うのではなく、全ての人に共通の正義だ」
「信じられません!本当にそんなものが実在するのでしょうか?」
「実在する!君たちは真理と言うものを知っているかね?」
「真理・・・」
「そうだ。真理だ」
教授は頷き、続けました。
「この世界には、人の手で変えられるものと変えられないものとが存在する。
そして、人の手で変えられないものを、真理と言うのだ」
「教授は、真理に基ずく正義の事をおっしゃっているのですか?」
「そうだ。万国共通、万人に共通の正義だ。真理であるがゆえに、誰にも変えられず、何年経っても変わらない。言わば絶対的正義だな」
「具体的には?」
「私の感覚では、宗教の教えになるのではないか?と考えている」
「宗教?なんとまあ古臭い。今時宗教なんて流行りませんよ。そんなカビの生えたようなもの」
「そうかな?」
教授はいたずらっ子の様に微笑みました。
「そうですよ。宗教が何の役に立つと言うんです?」
「これからの時代では、宗教が非常に重要なものになると思うよ、私には。賭けるかい?」
「まさか・・・」
眼鏡をかけた学生が苦笑しました。
「あのう・・・」
教壇脇から、恐る恐るとした小鳥のような声がしました。
教授が振り返って見ると、入口ドアの向こうに少年の姿がありました。
「おやおやこれは珍客だ。それとも私の講義を聞きに来たのかね?小さな受講生さん、遅刻だぞ。そこに立ってないで入って来るといい」
言われた少年は、目をキョロキョロさせ、落ち着かない様子で教授に近づいて来ました。
「何だ、あの子?」
「どこから来たのかしら?」
「随分とみすぼらしいわね・・・」
教室が一気にざわつきました。
「静かに!」
教授が場を制すると、少年に向き直り、
「ようこそ、小さな受講生さん。名前は何と言う?」
「僕、マイケル」
少年はおずおずと答えました。
「そうか、マイケルか。ではマイケル君、君は何しにここに来たんだね?」
「あのね、僕ね、」
少年は、真っ直ぐ教授の瞳を見つめて、
「ここに正義はありますか?」
教授のブルーの目が大きくなりました。
「君はどうして正義を探しているんだい?」
「あのね、お父さんがね、ニュースを見てこの国には正義が無いって言って怒っているんだ。だからね、正義を探しているんだ」
「そうか、それで正義を・・・」
教授は、少年の前に屈みこみ目を合わせました。
「確かに、ここには君の探している正義がある。あるにはあるんだが・・・」
そう言った教授の顔にはさみしさがありました。
「あるの!良かったー!あちこち行っても何処にもなくって困っていたんだ」
少年は笑顔になりました。
しかし教授の顔は悲しげなままでした。
「どうしたの?あるんでしょ、正義」
少年は首をかしげました。
「マイケル君、少し待っててくれ」
教授が人差し指を上に向けて言い、教壇の扉を開けました。そこには様々な箱がいっぱい詰まっていました。
「え~と、どれだったかな?これかな?違うな。これでもないと・・・
あ~あった、あった、これだ」
教授は埃だらけの箱を取り出すと、教壇の上に置きました。
「これが正義だ。随分と奥に入っていたんでね、取り出すのに苦労した」
「これがそうなの?埃がいっぱい付いてるけど・・・」
「今払うから待ちなさい」
教授はハンカチを取り出すと箱を拭き始めました。
「うわっ!」
少年は手で顔の前を扇ぎました。
「そっちまで行ったか?すまんな」
手を休めず拭き続けると箱がきれいになりました。
「わ~っ!きれいになったね。持って行って良い?」
少年は嬉しそうに言いました。
「う~ん、持っていって行けるものならね・・・」
「どうして?ここにあるじゃない」
「それがなあ、学校の外へ持って行けないんだよ」
教授は悲しげに言いました。
「外へ持って行ってはいけないの?どうして?」
「この箱はなあ、強くないと持ち出せないんだ」
「おじさんは持ち出さなかったの?」
「私も何度も持ち出そうとしたんだが・・・」
「ダメだったの?」
教授は両手を広げて肩を竦めました。そして肩を落として
「私はそんなに強くない・・・」
「それじゃ僕が持ってくよ!」
言うなり少年は箱を手にすると、教室の外へ飛び出して行きました。
「あっ!君っ!マイケル・・・」
そう言った時、すでに少年の姿はありませんでした。
「良かった!これでお父さんに正義を持っていける・・・」
少年は飛ぶように学校の敷地内を走り抜けて行きました。
そして校門の外へ出た時です。
冷たい一陣の突風が襲い、少年の手から箱を奪い去ってしまいました。
「あっ!」
少年が声をあげた時、箱は空高く舞い上がりどこかへ行ってしまったのです。
少年は、ただそれを見送る事しか出来ませんでした。
「正義が飛んでっちゃった・・・」
呆然と少年は、その場に立ちすくむのでした。
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