仮説・論説 651 平和国家と憲法第九条
- white-eagle1958
- 5月2日
- 読了時間: 3分
2026.05.02
今年もまた憲法記念日(5月3日)がやって来ます。例年通りの行事(護憲派と改正派の対立)が繰り返されるのでしょうね・・・
しかしウクライナ紛争以降、平和国家が脅かされ、第9条の意味を問い直されているのもまた事実です。ここで平和国家とは何か?それを維持し続けるにはどうしたらよいのか?を考えるのは、現在とても大きな意味があると考えています。
それを考察していきましょう。
先ず平和国家とは何か?です。
平和とは安心安全が確保されている状態だと思います。紛争や戦争が無くても、国民が不安や恐怖に怯えていたらそれは平和とは呼べないものではないでしょうか?
そうだとすると平和国家を創り上げるのは大変な作業だと言う事が判ります。
ましてやそれを維持し続けるのは気の遠くなるような思いがしますねぇ・・・
現在、世界は暴力主義がまかり通って居ます。自由や民主主義は形骸化してしまいました。
国連も暴力国家に何も言えない有様です。もはや世界には、いざと言う時頼れる国が無くなってしまいました。これは今迄の世界秩序が既に崩壊し、良くも悪くも新しい世界秩序の模索が始まっている事を意味しているのだと思います。どうなりますかねぇ・・・
ここへ来て憲法第九条が俄然注目されている訳です。
今迄はこの条文はそれなりに意味があったとは思います。アメリカの引き起こす戦争(朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン攻撃、イラク戦争等々・・・こうして見るとアメリカが如何に多くの戦争に関わっているかが判ります)に巻き込まれるのを防いできたと言う意味で・・・
しかし今後それは怪しくなってきました。外ならぬアメリカが変わってしまったからです。
もはや安心安全をアメリカに頼れなくなっていると言うより、アメリカが世界の脅威になってしまっていると言う現実に世界は向き合わなければならなくなったのです。
私達はどうすれば良いのか?この現実を前に憲法第九条をどのように扱うべきなのか?
それを問われる事に成りました。
私見を申し上げれば、憲法第九条の精神を生かし、専守防衛は堅持する。
しかし自衛隊は軍隊としてキチンと明記する。それが必要だと考えます。
暴力を止めるには、暴力以上の力が必要だからです。力の行使を否定してはならないと思います。暴力国家の暴力を言論では止められないのです。これは現在の世界が証明しているではありませんか。残念ながら今現在の世界は、思う程理性的ではないのです。
幸い、人間進化による安全保障の姿が垣間見えて来ました。恐らく最先端の安全保障策は
・殺さない
・壊さない
・機能停止させるだけ
これ等が基本と成ると思います。
今後の安全保障に関わる憲法第九条の議論が深まり前へ進むことを期待します。
最後に誰の言葉か定かでは在りませんが、私も同感している言葉を記してこの章を締めくくりたいと思います。
・正義無き力は暴力に過ぎない。しかし力なき正義は余りに無力だ。
平和国家万歳!
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