仮説・論説 392 存在とは何か?
- white-eagle1958
- 2024年6月13日
- 読了時間: 3分
2024.06.13
存在とは何か?この命題に対して様々な哲学者が、議論をし説を唱えて来ました。
私も考えてみましたが、一番ピッタリ来るのは、デカルトの唱えた
我思う、故に我在り だろうと思います。
つまり、存在認識は人間意識の作用によって生み出されたものなのでしょう。
それは人間の進化と密接に関係しているのだろうと思います。
人間だからこそ存在に悩まされるのであって、犬や猫はそんな事は考えないでしょうねえ・・・人間が在ると思えば存在し、無いと思えば存在しないと言う事になりますか・・・
従って存在を認めさせるのには、誰もが認めざるを得ない証拠や根拠が必要になるんでしょうねえ・・・厄介だ。でも現実にあるんですよねえ・・・
一例を挙げますと、幽霊は存在するのかしないのかと言う問題があります。
幽霊が見える人には存在してるけど、見えない人には存在していないと言う事になります。
この手の問題は古くからあり、現在では科学的に立証できない物は存在しないと言う事に成って居ます。
しかしです。近年に成ってこれが立証できるかもしれないという期待を私は持っています。
どう言う事かと申しますと現在私たちは存在を五感によって捉えていますよね?
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚で捉える事の出来たものを存在と認識している訳です。でも現在私たちは科学によって、今までの五感以上の存在を捉える事に成功しています。
放射線とか、細菌、ウイルスとか。これは今までは私達には存在していなかったわけです。
科学の発展によって、存在が確認できたのですね。
幽霊の問題も個人の五感の認識領域の差が、見える見えないを生み出しているはずです。
どう言う事かと言いますと、視覚の認識領域には個人差があるはずです。
認識領域が狭い人と広い人とがいたとします。
在る存在が狭い人の認識領域の外側にあり、しかも広い人の認識領域の内側にある場合、
狭い人には見えず、広い人には確認できるという現象が起こるはずです。
するとある存在が、ある人には確認できず、ある人には確認できると言う事になりませんか?私は幽霊の存在は此の事で説明できると思います。少なくとも幽霊が存在する可能性は否定できないでしょう。
こうしてみると存在と言うのは、人間の進化と科学の進歩により大きく左右されるのでしょうね・・・これから今まで認められなかった多くの存在が明らかになる可能性は大だと思います。科学の大発展は疑いないでしょう。先行き楽しみな事だと思います。
サッサと時代を進めよう!
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