仮説・論説 253 宿命と運命
- white-eagle1958
- 2023年11月30日
- 読了時間: 3分
2023.11.30
本日は、宿命と運命について書きます。小説の中で良く出てきますよね?こうなる宿命だったんだとか、或いは日常会話にも出ているかもしれません。
宿命とは、初めから結果が決まってしまっている定めの様なものでしょうねぇ。
どうしてそうなるのかは、私の推測ですが、前世での善因善果、悪因悪果がまだ果たされていないためと考えられます。
従って宿命は、変えられないものなのです。
人が死んだ時点での、善業、悪業、どちらが大きいかで来世が決まると言って良いでしょう。
善業が多ければ、来世のポジションが良くなり、悪業が多ければポジションは悪くなると予想できますよね?
尚悪業が極めて大きい場合は、人間失格も在り得ます。
そんなの在り得ないと思いますか?
実例を挙げておきますから、皆さんも考えてみて下さい。
モズと言う鳥がいますね。トカゲやカエルを木の枝に突き刺すのですが、食べない。
不思議な風習ですよね。どうしてこんな風習が身に付いたのか?
ですが、人間ならこれをやるのです。
西洋の串刺し王と異名を取ったドラキュラ伯爵がそうです。なんでも8万人を殺したとか・・・
また、カッコウと言う鳥がいますね。ほかの鳥の巣に自分の卵を産み、自分では育てない。
どうしてなのか?
これもまた人間ならやるのです。子供のすり替えなど・・・
仏教では、これを畜生道に落ちると言いますが、まさしく鬼畜の所業ですね。
他にも、イスラム世界では豚は穢れた生き物だから食べない。
どうしてなのでしょう?
ニワトリは拝めば、食する事が出来るとか。どうしてなのでしょう?
また、冷酷残酷なサタンは山羊の頭をしていますね?
しかしです。山羊って冷酷残酷な生き物でしょうか?
違いますよねえ・・・山羊は草食動物で、性格は大人しいものです。それがどうして冷酷残酷なサタンの頭になっているのか?
この疑問は山羊が屠られる時に分かります。アラブで山羊を屠る時にどうしていますか?
つまり冷酷残酷な者は山羊になると言う事ではないでしょうか?
人間失格は結構身近にあるのだと言う事が分かると思います。
一方、運命は違います。運命とは現時点での善因善果、悪因悪果の積み重ねですから、未来は変えられるのです。
これを活用すれば例え宿命がどうであれ、運命は良くする事が出来ます。
即ち自分で変えられるのが運命と言う事が出来るでしょう。
此れは画期的な事です。今まで運命は誰かが決めたもの、自分ではどうしようもないものと考えられて来ました。実はそうではなく、運命は自分で創っていたのであり、これを無意識に行っていたと言う事になるのです。もしそうなら、今度は意識的に運命を造る事が出来るはずです。どうすれば良いのか?
悪因悪果が作用する事は一切行わず、善因善果が作用する事を行い続けたら、運命はどうなるでしょう?運命が自然と良くなっていく様に思えませんか?
私は現在これを行っているのです。
約20年続けていますが、結果は上々です。どう言う事かと言いますと、まず生活には困らなくなりました。十分とは言えませんが、それでも困窮してはいません。
病気にも厄災にも遭わなくなりました。精神的にも非常に楽になりました。
間違いなく効果があると考えていますので、皆さんもお試しあれ。
運命は自分で創れる時代がやって来た!
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