かもさん哲学 ① 自由とは?
- white-eagle1958
- 2022年5月11日
- 読了時間: 3分
2022.05.10
哲学に興味は在りますか?古代ギリシアのソクラテスやプラトンに始まり、近代では、カント、ハイデッガーに連なっている思想の体系です。
何やら小難しいイメージが在り、言葉遊びだとか、何の役に立つんだ?とか考えている人も多いのではないでしょうか。
ですが、本来は物事の本質を追求する学問なのですね。
ですから哲学的思考を身に付けますと、物事や出来事の本質や深い意味に気付く様になります。なかなか面白いものですよ。
例えば、世界は数字で出来ていると言った人が居ます。
何の事か分かりませんよね?
ここに一冊の本が在るとします。これを具体的に表していくと、どうなるでしょうか?
縦25㎝、横15㎝、厚さ2㎝と言う風に、全て数字に置き換わってしまうのです。
その人は、この事を言っているのですね。
そしてこれは現代でも大活躍をしています。何の事かって?
この考えがコンピューターに活かされているのです。
他にも世界は水で出来ていると言った人もいますね。
どういう事か?
水は通常では液体です。しかし、温度が上がると水蒸気になり目に見えなくなります。
逆に温度が下がっていくと、今度は氷になり、手で掴めるようにもなります。
即ち、水は個体、液体、気体と姿を変えていきますよね?
所で、世界は何で出来ているでしょうか?
段々見えてきましたか?
そうなのです。世界は、個体、液体、気体の集合体である事を・・・
その人は此の事に気付いたのでしょうねえ・・・
古代ギリシアの哲学は、現代人にとっても非常に興味深いものなのです。
こういった事を踏まえて、皆さんと共に哲学の旅(思索の旅)に行きましょう。
第一回目は、自由、です。
私達は自由主義を標榜している(はずの)国に所属しています。完璧とは言えませんが、それでも、言論の自由や表現の自由、移動の自由、信仰や職業選択の自由、はたまた恋愛の自由まで与えられていますね。
このように、自由とは自分の思い通りの事が出来る有難いものなのです。
しかしです。無制限の自由が与えられていると言う訳でもない事は、皆さんも理解して頂けると思います。
自由と放縦(我儘勝手)とは違うのです。
自由主義国家の人々の中には、どうも自由をこの我儘勝手と勘違いしている人達がいるようです。自分がやりたい事は、例え人を殺してもやりたいと願う人達です。
これは間違いです。
何故なら自由には必ずその責任が伴うからです。責任無き自由など存在してません。
自由は良いものです。世界中の人々が求めているものでもあります。しかしその自由の行使には、必ず責任が伴うものである事を忘れてはならないのです。
誰もその責任から免れる事は出来ません。自然の法則が必ずその責任を
また、自由とは自分の事だけに適用されるものでもありません。相手にも同じ自由を認める、或いは保証しなければ自由な社会とは言えないのです。
例えば、自分と異なる意見を持って居る者でも、その意見を表明する自由を保障しなければならないのです。
それでなくては、自由はごく一部の者だけのものに留まってしまうでしょう。
自由は皆で共有すべきものなのです。
現在、自分に不利な情報を表明させない行為が目に尽きますが、それは全く間違った行為です。
何度も言っておきますが、自由は皆で共有すべきものであって、個人なり組織が占有するものではありません。
また、自由と責任はセットになっており、決して切り離せないものなのだと言う事も。
そこを間違えないで欲しいと思います。
自由とやりたい放題とでは違うよ
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